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I'm a webdesinger in Vancouver. This blog is going to show you my design point of view, and make my self remind what I thought in the past. If you have any question, please contact me at
My objective is analyzing a website and how to get the people's attention into design. Knowing a history is equol to predicting a future.
by 原丈人
This is a best Carbonara, I’ve ever eaten.
Of course cooked by myself.
Important thing is “What is good music?” For Example, I don’t think SMAP’s songs is good. the reason why their music was known for many people is that “they are SMAP”. If someone whom is not famous plays their songs, It’s impossible they can get million sales.
People may decide like “It’s good music!” or “It’s not good for me”. but It is nothing related to essentials of their music. It’s really connected to “who sing this song”, or what kind of situation “music industry or culture facing to?” People were really affected by that kind of reason.
mF247 is able to take control take “how artists are looked like?” or “what kind of reputation are they likely to get?” or “how the japanese culture is going to treat an artists”.
We will put many effort on that, this service is gonna be fun.
by HIROYUKI (Precident of NIWANGO, aka, ex.administrator of 2ch)
根本的に「何をもって良い音楽か」ということにもよると思うんですよ。例えば僕はSMAPの曲を聴いても良い音楽ってあまり思わない。でもあれって「SMAPだから良い音楽である」という前提で聴いている人っていると思うんですよね。同じ曲を全然無名の人がいきなり歌って同じように100万枚売れることはありえない。
主観的に人が「この曲が良い」と思うことと、客観的な曲の良さとか質にはあまり関係がない。むしろ、誰がやってるとか、どういう文脈で出てきた曲なのかとか、そのときの社会的な状況とか、そういうさまざまな要素に左右されると思うんですね。 曲の質というところでいうと、僕らはそれを完全にコントロールすることはできないけど、アーティストがどのようにユーザーから見えるのか、どう評価されるのか。そういう社会的な文脈の中で曲がどのように扱われるのか。そういう部分に関してはmF247側である程度コントロールできる部分もあると思うんですよ。そこのところのノウハウをためていけば、おもしろいサービスになるかなと思ってます。 by ひろゆき
The woman who was beside me, when I was in a casher, fainted.
She was breezing so it was ok, but it remind me my past.
今まで広告というものデザインというものに、
お仕事を通じて関わらせていただいてきて思うことが有る。
小さい頃から絵を描くことが凄く好きで、よく書いていたのだが
中学校に入り美術の授業でお皿をデザインすることになった時
相当ショックを受けたのを覚えている。
当然のようにぼくはお皿に自分の好きな車の絵やロボットの絵を
無我夢中で書いていたのだが、それを友達にダメだしされたのである。
そのことがすごいショックだった。
4人一組で一つの机で作業するのだが、そのなかで
ぼくの書く絵は幼稚で美術向きではないだの散々言われてしまったのである。
今思えばそのようなことは大したことではないが、
小さい頃にはそれがショックで一番自分が好きなことを
3人掛かりで週一で否定され続けるのはさすがに正直応えた・・・・
結局ぼくはそのお皿に線と四角や三角だけの模様を書き
シンプルで否定するのが難しいデザインをしたのだった。
それから僕は絵を描くのが怖くなってしまった。
コンプレックスかな?これが
いじいじして絵以外の音楽とかにうちこみ
思えば人にやんや言われないような意味不明なものを作ったり
そういう発言をするようになった。
しかし大学に入り友達の一言をきっかけにまたデザインに興味を持ち始めた。
「オノディの取る授業のノートすごいわかりやすいね!」
言われたときはすごく嬉しくて、毎回毎回授業のノートをとるのが楽しくなり
試験前には皆に貸すのが常であった。
今思うと綺麗なノートをとることができる能力というのは、
広告屋さんにとって大事なことなのかもしれない。
自分以外の人の授業/あるいわメッセージを聞き、
時間がたったときに誰が見てもわかりやすいように
図やテキストを使って、紙面に情報を再構築していく作業。
この「誰が見ても」というのを意識したりすることで
強烈にデザイン内容がかわっていくのである。
あと見る人のシチュエーションとか目的とか気持ちとか色々な要素がすごく変わってくる。
例えば試験でいい点を取りたい人に貸すノートの書き方と、
ただ単に授業の内容全体をつかみたい人に貸すノートの書き方など。
汚い字や、自分だけがわかる記号なんてもってのほか。
多分、前衛アートとかは凄いのだろうけど
多くの人に伝わるように作られていないから
あまり興味をもていない。
もし好きな子に気に入られるためのノートをかくのなら
暗号を含ませるのもありか??いやないな。。。
みたいに試行錯誤が生まれるのは重要。
だからぼくは思う。
人と話しているときに、その人がいった「イイこと」をノートにとるのも重要だけど、
誰にそのノートを見せるのか、あるいは後で見返すときはどんなときかを意識して、
何を伝えたいのかを意識してノートをとることがもっと重要じゃないかなと。
そういうことを考えてしまう癖がある人や、
それを面白いと思える人がいたら広告に向いている人なのじゃないかと思うのでした。
ノートを通してコミュニケーションやデザインを自分なりに学べたので
忘れないようにここにメモしておきます・・・
http://openers.jp/culture/sakamoto_uekara/009.html
坂本龍一の「上から」言いきる....